So-net無料ブログ作成

嘘だらけの日本史は面白い? 山田長政は未だにタイでの超有名人? [国際情勢]

◆ウソだらけの日本史


壇ノ浦の戦いで敗れ入水自殺したとされる平家の安徳天皇は四国の祖谷村(いやむら)で生きていたことにはじまり、天皇家の出自もウソばかり・・・。


織田信長の死体が出ないのは謎の地下道を通って南蛮寺に逃げた信長を秀吉が忍びを使い殺害・処分した・・・・


信長が通った地下は埋められていたのですが・・・秀吉が諜報に使っていた伊賀忍者の痕跡が発見されているのです。


更に事件後、この謎の地下道の地上部の民家を立ち退かせ秀吉が謎の大改造を行ったという記録も残されているのです。


世界広しと言えどもこれほど改ざんした歴史を『正史』としている民族はまずいないでしょう?


真田丸に出てくる『豊臣秀頼』は淀殿が大野治長と密通して出来た子? 真田の「明良洪範」等に記載されている史実?
http://kagefumi811.blog.so-net.ne.jp/2016-11-21


こういう本当の歴史は教科書に載ることはありませんね? 先生方の利権なのですから・・・正史を公表されては困るわけです。



◆敗軍の将と家族達


NHKの『真田丸』が佳境を迎えていますが・・・負けた豊臣方の武将や家族はどうなったのでしょうか?


家長の武士は石田光成のように・・・晒された挙句に・・・家族は南方の国々に人買によって売られていったのです・・・。


NHKの『真田丸』で夏の陣・冬の陣の前の関ケ原の戦いで敗れた西軍についていた『足軽』の山田長政は琉球・台湾経由でシャム(今のタイランド)に逃れた侍の一人なのです。



◆山田長政もシャムに逃げた武士の端くれ


報道はされないが関が原の戦いで敗れた西軍・・・ここでも多くの氏族の家族が人買いの犠牲にになったのです。


【関が原で敗れた西軍の山田長政はタイへ逃れた】
http://kagefumi811.blog.so-net.ne.jp/2015-08-18



イスラム所では無く、日本でも敗戦の将兵の家族はその犠牲となっていたのです。どの位、過去から始まった商売かはわかりませんが・・・中国人が握っていた商売ですので、相当以前からあったものと思います。



西軍(豊臣)について敗れた山田長政・・・身の危険から逃れる為に彼は、シャム(今日のタイ)に逃げたわけです。


ベトナムやタイ等には、日本人街というものが出来るほど・・・・流浪の日本人が昔から実はたくさんおり、日本の貿易商達と公益の窓口を行っていたわけです。





スポンサードリンク








山田長政は刀で敵の首を斬り落としたり当たり前のように殺害を繰り返したのですが・・・こんな野蛮な殺戮をみたことの無いアユタヤ王朝の人間は山田長政を重宝し、アユタヤ王朝の近衛兵のトップにまで登り詰めたのでした。


このように世界を旅するといろいろ日本人にまつわる話に遭遇します・・・この人達の生きざまを知るたびに・・・中島みゆきの歌を思い出すのです。


【地上の星】
https://www.youtube.com/watch?v=v2SlpjCz7uE





スポンサードリンク







下記は応援している『みな』さんのサイトです。当サイトより無難・安全です。生活情報はお役に立つ・・・知ってて損のない情報かと思います。

最新のニュースと生活情報を知る
http://mi--ma.blog.so-net.ne.jp/

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

ノーベル賞の大隅さんの英語も良かったがオートファジーを人類に埋め込んだのはシュメールメール人 [国際情勢]



学会での発表は殆ど英語ではあるものの・・・初老の紳士がりきみもせず・・・さり気なく完璧な発音の英語を喋る・・・実に痛快でしたね?

どこであんあ英語覚えたのか? まあ天性のものでしょうが。


英語でのスピーチ
https://www.youtube.com/watch?v=h-daB7Z_Ahw

ノーベル賞 大隅良典・東工大「へそ曲がり」の持論
https://www.youtube.com/watch?v=k4IiEQ6gNOs



◆ノーベル博物館でサインした椅子


ノーベル医学生理学賞を受賞する大隅良典・東京工業大栄誉教授(71)は8日、ストックホルムのノーベル博物館を訪問し、カフェの椅子の裏にサインをした。また、顕微鏡に向かう自らの姿をモチーフにした人形を同館に寄贈した。


サインは2001年の開館以来の恒例イベント。大村智さんら昨年の受賞者の下にローマ字と漢字で名前を記した大隅さんは「少しずつ受賞の実感が湧いてきた。少し書きにくかったけれど、サインを残せたことはとっても光栄だ」と話した。


人形は東京大で研究していた1980年代後半の姿で、研究者仲間約100人からプレゼントされたという。受賞テーマのオートファジー(自食作用)に関する分子構造模型も付けた。大隅さんは「まだひげも髪の毛も真っ黒」と笑った。歴代受賞者が購入している博物館のメダル型チョコレートを「缶入りの150個」買い求めたという。


7日午後(日本時間7日深夜)に行われた受賞記念講演は授賞の「条件」とされている最大のお務め。単独受賞の大隅さんは、50分間の枠を一人で語り尽くした。「英語で講演することはたくさんあるが、結構緊張した。(自己採点は)80点くらいかな。(妻の万里子さんから)まあまあ良かったんじゃない、と言ってもらえた」と振り返っていた。



◆治癒力の解明=オートファジー
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

『父親たちの星条旗』の作家の父親は硫黄島の戦いの写真にいなかったことが判明? [国際情勢]


海が見えなくなる程の米国艦船が硫黄島の回りを取り囲んだ時、日本軍は地下にもぐった為、その米国の艦砲射撃の影響を余り受けなかったそうです。



海岸で待ち構える日本軍の機銃掃射の中、米国・海兵隊員は、鉄砲がぬれないよう、両手を頭の上に置き、日本軍が機銃掃射で待ち構える海岸をめざしたのです。


見事な騎士道精神とは言えないでしょうか?


海兵.jpg





スポンサードリンク







◆硫黄島の戦いで有名な写真


偶然ここに映っていた兵士達は、英雄とされ、ルースベルト達による『戦争債を売り歩く為の宣伝マン』として散々利用されたのです。

米国戦争史において『最も勲章を出したのが硫黄島の戦い』であり、その記録は未だに破られることは無いのですが、それ程、激戦だったということです。


その有名な写真は下記のものですが、一度は見たことのある写真ですよね。
\

当時のAP通信のカメラマンだったジョー・ローゼンタール氏が偶然撮影したもので、同年のピュリツァー賞にも輝いていた。


この後、日本軍が陣地を取り戻し・・・子の米国国旗掲揚は数回行われていのですが、それは余り公表されませんね。


硫黄島.jpg


ところがCNNによると今まで発表されていた人物とは違う人が実はいたことが判明し、物議を呼んでいるのです。


名誉ある海兵隊員でもウソから逃げられなくなってしまった人がいたのです。





スポンサードリンク








◆CNNの調査結果


ワシントン(CNN) 米海兵隊は25日までに、第2次世界大戦中に旧日本軍との激戦地となった硫黄島の摺鉢(すりばち)山に米軍兵士6人が星条旗を立てる有名な報道写真をめぐり、うちの1人がこれまで発表されていた人物とは別人だったことが判明したとの調査結果を明らかにした。


写真は1945年2月23日に撮影されたが、70年後に6人のうちの1人の身元に疑問が生じ、ロバート・ネラー海兵隊司令官が調査チームを設け、真相解明に当たらせていた。


この結果、海軍衛生兵のジョン・ブラッドリー氏だとみられていた人物は撮影時に現場にはおらず、米ミシガン州デトロイト出身の海兵隊1等兵のハロルド・シュルツ氏だったことが突き止められた。シュルツ氏は1995年に死去したが、写真の中の1人が自らであることを公の場で明かしたことは一切なかったという。


ネラー司令官は声明で「歴史は我々にとって重要であり、正しい記録を残す責任を担っている」と述べた。声明によると、海兵隊の調査チームは退役将官が仕切り、現役や退役の海兵隊員の他に軍事問題の歴史家2人が加わった。


ジョン・ブラッドリー氏の子息であるジェームズ・ブラッドリー氏は父親と星条旗掲揚に関するベストセラーの書物「父親たちの星条旗」を著したが、6人の中の1人が父親だったことについて確信を抱けなかったことを認めてもいた。この書物は、クリント・イーストウッド監督が映画化してもいた。





スポンサードリンク






kage

下記は応援している『みな』さんのサイトです。当サイトより無難・安全です。生活情報はお役に立つ・・・知ってて損のない情報かと思います。

最新のニュースと生活情報を知る
http://mi--ma.blog.so-net.ne.jp/



nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース