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東海村の秘密施設で放射性廃液750リットル漏れ事故発生? [日本の習慣]




日本で一番危険な地域は、福島原発では無く・・・『茨城の東海村』でしょう・・・と言う意味で下記投稿をしたのですが、その秘密の東海村施設で放射性廃液750リットル漏れという事故が発生しまた。





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過去には、恐怖の臨海事故も起こしていめ東海村の各種研究施設・・・一体何が行われている地域・研究施設なのでしょうか?


小生は余り関わりたくない所であります。(臨海事故の犠牲者の写真を含めて)


福島原発より危険な茨城の東海村原子力発電所の存在? 何故、報道されない?
http://kagefumi811.blog.so-net.ne.jp/2016-03-22-3




◆東海第二原発で放射性廃液750リットル漏れ(TBS News様)



茨城県東海村にある東海第二原発の建屋内で、放射性物質を含む廃液およそ750リットルが漏れ出たことがわかりました。


日本原電などによりますと、2日午後3時前、東海第二原発の廃棄物処理棟で、室内に廃液がたまっているのを作業員が見つけました。漏れ出た廃液はおよそ750リットルあり、1リットルあたり37万ベクレルの放射性物質が検出されたということです。


廃液は建屋の外には漏れておらず、外部への影響はないということです。




◆原発問題の深層


原発問題に触れたマスコミ・芸芸能人は次々と抹殺されたりガンを発症したり・・・とちょっと考えられない微妙な問題なのです。


犠牲にんった人にはあの『タカジン』なんかも含まれていますが、最近では、報道カテを降りた古館一郎なんて言うのも・・・この流れの中に含まれる人間です。



(次々と消されるそこまで言って委員会の出演者たち)
http://kagefumi811.blog.so-net.ne.jp/2015-02-26-2


下記をご覧頂くと・・・あの方々り名前が・・・。
日本の裏・闇を牛耳る方々の実態が見えてきませんか?




◆やはり出てきたあの政治家の名前・・・日本の原子力政策の流れ



戦時中からサイクロトロンにより世界最先端の研究を行っていたが、1945年8月の第二次世界大戦敗戦後、日本では連合国から原子力に関する研究が以後7年にわたり全面的に禁止された[注釈 1]。しかし1952年4月に日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)が発効したため、原子力研究は解禁されることとなった[1]。

日本における原子力発電は、1954年3月に当時改進党に所属していた


『中曽根康弘』
稲葉修、齋藤憲三、川崎秀二、前田正男らにより原子力研究開発予算が国会に提出されたことがその起点とされている。この時の予算2億3500万円は、ウラン235にちなんだものであった[2]。


1955年12月19日に原子力基本法が成立し、原子力利用の大綱が定められた。この時に定められた方針が「民主・自主・公開」[の「原子力三原則」であった[。


そして基本法成立を受けて1956年1月1日に原子力委員会が設置された。


初代の委員長は読売新聞社社主でもあった

『正力松太郎』である。


正力は翌1957年4月29日に原子力平和利用懇談会を立ち上げ、さらに同年5月19日に発足した科学技術庁の初代長官となり、原子力平和利用博覧会の開催や、読売系のメディアを駆使し、原子力の日本への導入に大きな影響力を発揮した。このことから、正力は日本の「原子力の父」とも呼ばれている


戦後日本で米国CIAのエージェントとして伸してきた中曽根氏や正力氏の名前がここでも出てきていますね。



松本清張も触れなかった本当『日本の闇』が見え隠れする原子力問題の真相なのです。





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