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ハロウィンは魔女や妖精達への供養では無くヨイショだった? [海外の習慣]

『ハロウィン』・・・子供達の学校によってはこの日を祝う為・・・変装したり、顔にペイントをしたりして学校に通ったものです・・・・嗚呼・・・あの頃は可愛かった?


ちょっと調べてみたら・・・何のことは無い・・・日本の『お盆』とほぼ同じなんですが、イギリスのケルト人は、11月1日より冬の季節=魔女が襲来する季節としていたことから、この日を祝うようになったとこのことです。

日本のお盆は、来世から戻ってきた人々に食べ物等を提供して『供養』・・・しかし、ハロウインは、やはり食べ物等を提供して・・・『だから悪さをしないでね』・・・と打算深い所が日本人との違いなのです???

農作物への感謝祭の意味合いも強いということです。基本的にはケルト人のお盆と言うことのようです。


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【白人にも馬鹿にされる仮想例】
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【四季にみるヨーロッパ人の変装】
https://www.youtube.com/watch?v=nGdFHJXciAQ




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◆ハロウィンとは?


ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は夏の終わりを意味し、冬の始まりでもあり、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていた。


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時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。

「ハロウィン」の語源は、カトリック教会で11月1日に祝われる「諸聖人の日」(古くは「万聖節」とも)の前晩にあたることから、諸聖人の日の英語での旧称"All Hallows"のeve(前夜)、"Hallows eve"が訛って、"Halloween"と呼ばれるようになったとされている。




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◆ハロウィンの歴史 (wiki)


古代ケルトのドルイドの信仰では、新年の始まりは冬の季節の始まりである11月1日のサウィン(サオィン [ˈsaʊ.ɪn]、サワーン [ˈsaʊn]、サーウィンplay [ˈsɑːwɪn][8]または、サウィーン、サーオィン、サムハイン、英: Samhain)祭であった。ちょうど短い日が新しい年の始まりを示していたように、日没は新しい日の始まりを意味していた。


したがって、この収穫祭は毎年現在の暦で言えば10月31日の夜に始まった。アイルランドと英国のドルイド祭司たちは、かがり火を焚き、作物と動物の犠牲を捧げた。


また、ドルイド祭司たちが火のまわりで踊るとともに、太陽の季節が過ぎ去り、暗闇の季節が始まった。

11月1日の朝が来ると、ドルイド祭司は、各家庭にこの火から燃えさしを与えた。

各家族は、この火を家に持ち帰り、かまどの火を新しくつけて家を暖め、悪いシー(Sí、ケルト神話の妖精。ちなみに「バンシー」とは「女の妖精」の意。)などが入らないようにする。

1年のこの時期には、この世と霊界との間に目に見えない「門」が開き、この両方の世界の間で自由に行き来が可能となると信じられていたからである。祭典ではかがり火が大きな役割を演じた。村民たちは、屠殺した牛の骨を炎の上に投げ込んだ。かがり火が燃え上がると、村人たちは他のすべての火を消した。その後、各家族は厳粛にこの共通の炎から炉床に火をつけた。

従来、ローマ人は11月1日頃に果実・果樹・果樹園の女神でリンゴをシンボルとしていた女神ポーモーナを讃える祭りを祝っていたと考えられており、紀元1世紀にブリテン島に侵入した以降はケルト地域にポーモーナの祭りをもたらしたと言われていた。


ハロウィンの行事としてダック・アップルが行われるのはその由縁からと考えられ、またハロウィンのシンボルカラーである黒とオレンジのうち、オレンジはポーモーナに由来するとの説がある[9]。

ハロウィンの習慣は、イングランド南部では17世紀以降、11月5日の火薬陰謀事件の記念日(ガイ・フォークス・ナイト)に置き換わり、廃れた。


しかしながら、スコットランド、アイルランド、マン島、ウェールズでは引き続き広く普及していた。

ハロウィンがアメリカの年鑑に祝祭日として記録されたのは19世紀初頭以降のことである。ニューイングランドのピューリタンなどはハロウィンに強く反対する立場であり、19世紀になりアイルランドおよびスコットランドから大量に移民が到着するまでは、ハロウィンが本格的に定着することはなかった]。


◆こうして世界に広がったハロウィン

ハロウィンは19世紀半ばまで特定の移民共同体の内でだけの行事として行われていたが、徐々に米国の「主流社会」に受け容れられるように、20世紀初頭には、社会的、人種的、宗教的背景に関係なく、米国のほとんどの人々に受け入れられ、東海岸から西海岸へ広まった。

そして、世界各国で軍事的・経済的に活動する米国人が増えるのにともない、そうした場所で、米国風のハロウィンの風習も広がることになった。

名前は変わっても世界中で同様の行事が行われていることって・・・やはり起源は一箇所なのでしょうか? 死後の世界と現世の堺に関する行事って本当に多いですね。


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